田口智久総監督×村田光監督様 対談インタビュー
各話にアクションアニメーターを据え
シリーズ最高の戦闘シーンが完成
――『BLEACH 千年血戦篇』制作中に起きた、印象的なエピソードを教えてください。
田口智久総監督(以下、田口)
「千年血戦篇」では、作画の資料作りのために実際に自分たちで写真撮影をしました。難しいアングルのレイアウトは、想像だけではなかなか描きづらいんです。
たとえばTVアニメ『BLEACH』20th PVの“ルキアが押し入れの中に隠れていて、遊子たちが外にいる”というレイアウトは、制作さん、演出さん、アニメーターさんと相談してアングルを決め、写真を撮りました。
――どのように撮影したのでしょうか?
田口
まず、スタジオにある打ち合わせスペースの床にマスキングテープを貼り、間取りを作りました。そこにポールや棚を使って押し入れに見立てたレイアウトを組んで……結構大規模にやりましたね。
そうやって実際に作ってカメラに撮ったものは、ちゃんとフィルムに反映されるんです。
そういう“ものづくり”への姿勢も含めて、きっちり結果にコミットしていくことがわかって非常に良かったなと思います。
――資料作りのための撮影をはじめたのは、第1クールのときからですか?
田口
最初の頃はやっていなかったかな?たしか総作画監督の長谷川さんが「描けないんだからしょうがない! 写真に撮ろう」と言い出したのがはじまりです(笑)。
村田光監督(以下、村田)
第2クールのユーハバッハと雨竜が血の盃を交わすシーンは、写真だけでなくムービーも撮りましたよね。――「相剋譚」で、初めてトライしたことはありますか?
村田
初の大きいチャレンジのひとつは、“真世界城”をオープンワールドのゲームのように思い切って作ったことです。通常、アニメだと建物の中だけとか、局所的に作ることはあるのですが。
田口
カメラワークの自在とか、演出上は特に“絵に描いた2次元の世界”からは、制約はどんどん少なくなっている感じがあります。でも現実問題として、費用は嵩むしスケジュールは長期になります(笑)。
「千年血戦篇」のように3~4年という長期プロジェクトだからこそ、トライすることができました。
効果はこれから出てくるのかな、という感じです。
村田
あとLive2Dという絵を動かす技術も、今回新たに取り入れました。――演出面で、特に注目してほしいポイントを教えてください。
村田
兵主部のシーンですね。あと、第30話も最初の一護と雨竜の決着シーンでもあり、ここでまた大きく物語が動くので見どころです。田口
前クールに引き続き、今回も「3Dを頑張って使っています!」とアピールしていますが、同じぐらい作画にもきっちり力を注いでいます。「相剋譚」からは、各話にメインアクションアニメーターを据え、彼らが“できるだけ多くのアクションカットを撮る”というやり方を取り入れました。
みなさん、すごく頑張ってくださっていて、作画のアクション自体の質がかなり向上しています。
それの象徴というか、第30話の雨竜と一護の激しいアクションシーンも、非常に見応えがあって迫力のあるシーンとしてお届けできたと思っています。
――アクションアニメーターの起用は、田口総監督としても初のトライだったのでしょうか?
田口
いえ、それ自体はよくあることですが、我々としてはまず3Dに力を入れて、それを前面に押し出すことでクオリティの底上げを図りました。村田
よくSNSで視聴者から「今回の作画はすごい!」と絶賛されているアニメ作品を見ますが、じつは作画だけではなく、3Dや撮影処理などの技術が目を引いているのではないか、という印象を抱いたんです。つまりソフトウェアと環境さえ整えれば、テクニカルな部分で視聴者の心に響く表現ができるのではないかと考えたわけです。
田口
そうするうちに制作サイドの意識も少しずつ変化し、“この内容をやるには3Dだけでは完結しない”という現実や、“セルアニメ制作における、根本的な描き手の重要性”というものが見えはじめました。“だったら、どういうスタッフが必要か?”、“少ない弾をどう配置すれば効率的に、戦闘シーンが多い原作のアニメを魅力的に作れるのか?”ということを制作陣自らが考えるようになった結果が、今回の「相剋譚」で活かされていると思います。
村田
今回から新しい作画さんも参加してくれていますし、全体的にレベルが上がっていますよね!原作第1話で受けた衝撃!
久保先生の卓越したセンス
――おふたりの一番好きなキャラクターを教えてくだい。
田口
固定の推しは、プレミア上映会でも言った鵯州です。あの大柄で丸い体型……あのビジュアルが好きです(笑)。あと、意外と口調が強いんですよね、彼。そういうギャップも非常にいい。
村田
ホラー感と可愛さが同居している感じですよね。田口
技術開発局のシーン自体は少ないので、出番があまりないのが残念です。隙あらば、ちょこちょこと画面の端とかに出していきたいな(笑)。
村田
僕は更木剣八です。剣八と卯ノ花による戦いの決着がつく第1クールの第10話でコンテを担当させていただいたのですが、ただひたすらに強さを追い求める彼の姿は、シンプルにかっこよかったです。
最終的には、想い人のような相手であり、師匠ともいえる存在の卯ノ花を斬って、さらに高みに上がることもできたので。
――「千年血戦篇」問わず、『BLEACH』で好きなセリフやシーンはありますか?
田口
72巻の巻頭歌です。「言葉に姿があったなら 暗闇に立つきみに届きはしないだろう」ってすごくないですか!
“言葉に姿がないからこそ、闇の中でもきみに届くんだ”という、逆説的な感じがすごく好きなんです。
いったいどういう経験をすれば、久保先生はこんなすごいフレーズが思い浮かぶんだろう、と思いますね。
――SIX LOUNGEさんも、同じ巻頭歌からオープニングテーマの着想を得たと仰っていました。
田口
リンクしましたね(笑)。本当にこの巻頭歌は切れ味があります!
すごく好きな印象深い詩です。
――村田監督の好きなセリフやシーンは?
村田
僕は一護がユーハバッハに言った「俺以外の誰かにできたとしても 俺がやらずに逃げていい理由にはならねえんだよ!」(コミックス68巻618話)というセリフです。“一護ってこういう人”というのを端的に表していて、すごく印象に残りました。
――ほかに思い入れのあるキーワードやシーンはありますか?
村田
“卍”と書いて“ばん”と読ませた“卍解”ですね。あの言葉のセンスは、私にはどう逆立ちしても得られないです。
田口
普通は“挽回”って言葉を連想しますしね。村田
または“万”という漢字を想像しがちかなと。田口
“ばんかい”という言葉の概念を変えたというか、“ばんかい”の言葉を広げたというか、すごいですよね。あと、久保先生のセンスに驚嘆したのが、連載1話目の一護の初登場シーン。
「黒崎一護/15歳 髪の色/オレンジ 瞳の色/ブラウン 職業/高校生」と出た一護のパーソナルデータがラストで死神になったあと「黒崎一護/15歳 髪の色/オレンジ 瞳の色/ブラウン 職業/高校生:死神」に変わる。
かっこよくて洒落てるなと思って。
当時、漫画を読みながら久保先生のそんなスマートなセンスに衝撃を受けた記憶があります。
――「相剋譚」の中で、特に注目しているキャラクターはいますか?
田口
演じるのが大変そうだと思うのは、ユーハバッハ役の菅生隆之さんです。これは想像ではなくて、実際に演じている姿を見て大変だなと思います(笑)。
ユーハバッハは終盤に向けて戦闘シーンが増えるので、どんどん声を張らなくてはいけないし、難しい長ゼリフも多いんです。
「こんな日本語あるんだ!」みたいな言葉を使ったセリフをあれだけ威厳を持たせて発するなんて、菅生さんにしかできませんよ。
村田
ユーハバッハは、結構おしゃべり好きですよね(笑)。僕も滅却師側のキーマンはユーハバッハを挙げます。一護を除く死神側だと、京楽がキーマンになるのかな。
第29話やこのあとの話数でちょくちょく京楽が暗躍しますからね。
藍染を呼び出したのも京楽ですし。
久保先生との関係性が深まり、
オリジナルシーンが増えた「相剋譚」
――田口さんが総監督、村田さんが監督になられたことで、変化したことはありましたか?
田口
『BLEACH』の現場では、実際にやっている仕事の分担が明確になりました。全体のシナリオとコンテは自分で確認・管理し、各話の現場のディレクションであったり、打ち合わせであったりは、監督の村田さんが管理していくという役割分担で進めています。
――過去の2クールを経て、久保先生との関係や、やりとりの仕方などに変化はありましたか?
田口
距離感が近くなったというか、関係性は深まっていると思います。オリジナルシーンをご提案・ご相談するハードルも下がった気がします(笑)。
とはいえもちろんそれに甘えることなく、アニメサイドみんなで練りに練ってから監修をご依頼しています!
村田
たしかに、ネームでお戻しいただけるときは、こちらのテンションも上がってしまいますよね!田口
第1クール、第2クールを経て、“原作者”という立場から一段寄り添ってくださっているのかなと感じています。久保先生の中で、アニメ『BLEACH』をより良い作品にするために、より一層力添えしてくださっている印象です。
村田
我々“アニメ制作側の目線”で受け止めてくださっているという感覚がすごくあります。――総監督、監督として、お互いに訊きたいこと・言いたいことはありますか?
田口
まだ終わったわけではないですが、監督をやってみてどうですか(笑)?村田
「第2クールまで、本当によくやれていましたよね!」と言いたいです(笑)。田口さんは『BLEACH』以外の作品にも携わっていますし、特に第2クールのときは他作品の進行と重なる時期もありましたから。
ほかのスタジオとやり取りしながら、さらにクオリティを上げて制作できるなんて、本当にすごいことだと思います。
僕は『BLEACH』だけに集中できる環境でやらせてもらっているのに、てんやわんやですから(笑)。
田口
これは本当に、村田さんをはじめスタッフの皆さんのおかげです。「自分の話数は自分で面倒を見るよ!」という、非常に優秀な方々がそろっていたからこそ可能でした。
自分はポイントポイントで顔を出せば良かったので(笑)。
村田
では訊きたいこととして。ボクシングでは、“世界チャンピオンを獲るよりも、防衛するほうが難しい”と言われています。今回、僕は初めて監督の座に就かせていただきましたが、それを防衛する秘訣、監督を続けていく秘訣を教えていただきたいです(笑)。
田口
監督を続けていく秘訣? 監督として大事なこととか……? 全然わからない(笑)。ただ自分は、性格は適当だけど「スケジュール通りに進めるぞ!」というムードだけはしっかり出しているつもりです。
制作サイドの敵にならないよう、しっかりスケジュールを意識して「きっちり協力します!」という態度ですね。
村田
大事ですよね。田口
でも、最初に設けるハードルは高めに設定することはあるかもしれません。「千年血戦篇」は、最初に「某作品に匹敵するクオリティを目指すと約束してくれ!」とプロデューサーに伝えて制作がスタートしたんです。
まずは目標を設定し、それを目指すことが何事にも重要だと思っているので。
それができなかったときに、“じゃあ、どうやってクオリティを上げるか?”とか“どういうスタッフを入れればいいのか?”ということを、きちんと制作サイドと話し合い、コミュニケーションを取ることが大切だと思っています。
「できないからダメじゃん」になるのは絶対に避ける。
――制作サイドと同じ目標を共有し合うということですね。
田口
そう。親身なふりでも「一緒にやってるよ!」という雰囲気をちゃんと出す(笑)。
村田
かなり参考になりました(笑)。――村田さんが、監督として特に大切にしていることはなんですか?
村田
アニメと実写映画の監督にはかなりの違いがあって、アニメは各話ごとに演出さんがいて、その人たちは監督のような立ち位置になっている節があるんです。僕は各話の演出さんたちがやりたいことをなるべく活かしてあげたいので、自分とは解釈が違うというだけの理由で「俺はそうは思わないから、変えてくれ」という言い方はしないようにしています。
もちろん『BLEACH』のクオリティデザインに達していなかったり、キャラクター性を逸脱したりしているときは話が別ですけど。
――おふたりとも、スタッフとの連携を大切にしているんですね。
田口
監督の中には「だったら俺が描く」という人もいますが、我々はアニメーター出身じゃないから、絵を描けない。スタッフに描いてもらわないと成立しないんです。クオリティのコントロールというのは、指示を出してほかの人に任せないといけないところがあるので、監督してスタッフとどうコミュニケーションを取るかは、やっぱり重要なんじゃないかなと思います。
――「相剋譚」にちなんで伺います。最近、ご自身が相剋していることはありますか?
村田
ちょっとネガティブになってしまうのですが、いまだに“自分は監督の技量に達しているのだろうか?”という疑念が拭えないまま、監督業をこなしていることがジレンマというか、悩みです。あと、これはある音響監督の方の助言なのですが、監督には決断力が必要で「こうしてください」と断言しなければいけないときがあるんです。
「自信はないけど、こうだと思うんだ」という曖昧な態度は、あまりよろしくない。
だから、僕個人としては気にならない演出でも、ときには監督という立場で「それは違うよ」とスタッフに言わなくてはいけない。
結果、たとえ嫌われるようなことがあっても。
そういう“個人的にはOKでも、監督としてはNG”という場面で、ジレンマというか相剋を感じます。
田口
自分も仕事の仕方についてはよく考えますし、自分の理想とするフィルムと、求められるフィルムの相違に悩むこともあります。さらに、そこには収益も絡んでくる。
それらを踏まえて、すべてが合致した作品作りができれば理想ですが、“合致しないときは、どういう作品作りをするべきか?”と考えるのですが、そう思うこと自体が不遜な気もして……。
そもそも“自分にそれをできる力があるのか?”とか、すでに非常に優れた作品が溢れているいま、“自分はこれから何を作れるんだ?”ということも頭をよぎります。
作りたい欲求はあるけれど、もしかしたら過去の作品からインスパイアされて、二次生産的に作ってしまう可能性もありますし。
村田
既出の作品を模倣してしまうことがあるかもしれない、ということですか?田口
そうです。もし知らず知らず頭の片隅に残っていたものを引用してしまい、それを「やってやったぜ!」みたいに世に出してしまったら、もう目も当てられない(笑)。
多くの映画を見れば見るほど、多くの本を読めば読むほど、多くの文化に触れれば触れるほど、そういった危険性が高まってしまうのもジレンマです。
村田
哲学的ですね。そういう悩みを抱く田口さんは、生粋のクリエイターなのだと思います。――最後に『BLEACH』の見所と、ファンに向けてのメッセージをお願いします。
村田
スタッフ一同、第3クールの「相剋譚」も非常に頑張って手を動かし、情熱の限りの絵を作っております。今後の放送もぜひご期待ください!
田口
第3クールは、これまで以上にアニメのオリジナルシーンが増えています。第30話の雨竜が纏った翼の霊子のように、原作にないシーンが随所に盛り込まれています。
それらがオリジナルとしてどう描かれていて、どう原作の物語と繋がっているのか。
久保先生監修のもとで、原作の物語にどのように戻っていくのか。
ぜひ期待して観ていただければと思います。